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地獄とは他人のことだ

更新日 2023.10.5

こんにちは!
株式会社OnLineの川原響希です。


先日たまたま見つけたガチャガチャで「哲学缶バッジ」
というものがあったので引いてみました。

(大学で哲学を勉強していたので惹かれてしまいました…)

こんな感じの哲学的な名言が書かれた缶バッジです。
↓↓↓

私が引いた缶バッジに書かれた言葉は、、、
「地獄とは他人のことだ。」でした。

あなたはこの言葉を聞いたことがありますか?

恥ずかしながら、私は初めて聞きました。。。


このガチャガチャには言葉の解説書も入っていたのですが、
そこには

ーーー

他人の目を気にせずに生きるのは実際難しい。
いつでも人は他人に見られているとして生きている。
他人の存在が私の存在の中に食い込んでいる。

ーーー

と書いてありました。
説明自体がちょっと難しいですね^^;

調べてみたところ、「地獄とは他人のことだ」という言葉は
戯曲「出口なし」で出てくる言葉ということが分かりました。

この「出口なし」という作品は、地獄に落ちた3人の登場人物が
扉も、窓も、鏡もない地獄の一室に閉じ込められるお話です。

それまで全く接点もない3人ですが、次第に互いの素性や過去を語りだします。

しかし、それぞれが地獄に来るまでの話はするものの、
特に理解し合う気もない3人は

「自分が地獄に落ちるはずがない!」
「自分をごまかすのはやめて、犯した罪を告白すべきだ」

などと互いを挑発し合い、傷つけ合うような言葉をぶつけ合います。

そうしている内に、登場人物の一人がある推測をします。

それが、、、


という流れのお話なのですが、
この作品のテーマを一言でいうと
「人は他人の目を気にして生きている」だろうと考えられます。

私たちは常に他人に囲まれていて、そこから抜け出すことはできない。

他人に見せるために自分を着飾り、自分を見せないようにしている。 

“自分”というものを持って、他人を意識せずに生きていくということが
できればいいのですが、それができないからこそ地獄だ、
ということです。

例えば、以前に会社員をしている方からこんな話を聞いたことがあります。

「本当は早く帰りたいのに上司が遅くまで仕事しているので帰りたくても帰れない…」
「全然行きたくもないのに仕事の付き合いで仕方なく飲みに行くことが多くて…」

こういった
『他人の目を気にして自分の行動を変える』
ようなことってありますよね。

ただ、私たちは常に他人に囲まれて生きているので、これは逃れられないものです。

でも、この『他人の目を気にする』という私たち人間の持っている特性を、
考え方次第で良い方に使うことができると私は思うんです。

先ほど挙げた例のような「本当は〜したいけど、できない」という状況になるのは、
自分が関わっている他人の中でも『自分の苦手な人』の場合が
多いんじゃないかなと感じます。

自分の苦手な人の目を気にするって考えるだけでしんどいです。。。

だからこそ、反対に『自分の大好きな人・尊敬する人』を意識することによって
自分にプラスの影響を与えることができると思うんです。

少しイメージして欲しいのですが、
もし、大好きな人・尊敬する人から常に見られているとしたら、、、
自分の日々の行動も何かしら変わりそうじゃないですか?

常日頃から、
「その人に胸を張れる行動を自分は取っているのか?」
と自分に問いかけることができれば後ろめたい行動は取りづらいでしょう。

つまり、自分の大好きな人・尊敬する人を意識することによって、
・嫌われたくない!
・軽蔑されたくない!
・褒められたい!
などの思いを自分の原動力に変えていくわけです。

確かに、他人の目を気にしないようになるというのができれば最高です。

でも、多くの人にとってはそれは結構難しいことでもあるよなと思うんです。


他人の目が気になる気持ちはとてもわかりますが、
それは実際に存在している「目」ではなくあくまで自分の中にあるものです。

ということは、自分の意識次第で飼い慣らせるはずなんです。

そこで、私がオススメしたいのが、
『自分が意識する“他人”を誰に設定するか?を変えてみる』
という方法です。

どうせ他人の目を気にするなら、
苦手な人より自分の好きな人の方がいいと思いませんか?

「たしかに〜」と思ってくださった方がいたらぜひ実践してみてください^^

PS.
弊社での受講をきっかけに、
「もっと自分を出していいんだ」「直感を信じていいんだ」
と思えるようになった田中さん。

自分の中に判断軸を持てるようになった田中さんは、
どのように変わったのでしょうか?
↓↓↓

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